前回のブログでは、Ga₂O₃という新素材との出会いと、その事業化に向けたゼロからの再出発についてご紹介しました。
今回のテーマは、そのなかでも「特許がゼロ」という絶望的な状況から、私たちがどのように知財戦略を築いていったのかという、極めて実践的なストーリーです。
ディープテックの宿命:「知財がなければ話にならない」
スタートアップにとって知財は重要です。
ですが、ディープテックにおいては「必須」といっても良いのではないでしょうか。
とくにFLOSFIAのように、素材からデバイス、製品化までを手がけようとする場合、技術の蓄積=競争力の源であり、知財はその証拠となるからです。
にもかかわらず──創業当初、私たちはGa₂O₃に関する特許を一本も保有していませんでした。
ミストCVD法に関する特許は大学にあったものの、それを使ってどんなデバイスが作れるか、どんな応用があるのかを示す特許はゼロ。
これは、VCから見ても明らかなリスク要因であり、「出直してきてほしい」というフィードバックの原因のひとつでもありました。
「特許の専門家じゃないけれど」──自分たちで書くという選択
もちろん、最初は弁理士にお願いしようと考えました。
しかし、相談して気づいたのは、こちらの構想や背景を理解してもらうには、それなりの時間と費用がかかるということ。
そこで私たちは決断します。
「自分たちで特許明細書を書いてみよう」。
知財の専門家でもなく、法的な知識も不十分な中で、特許庁の書式や構成、出願戦略を一から調べ、書籍や他社特許を読み漁り、知り合いの専門家に相談にのってもらいました。
初めての特許出願書類には、血と汗がにじんでいたと言っても過言ではありません。
泥臭くても、“自分で考える”ことの意味
なぜそこまでして自分たちでやったのか。
一つは、スピードです。
VCとの交渉や補助金申請で、「知財はどのように保有しているのか?」という質問が頻出します。
そこで「出願中」「準備中」と言えるかどうかは、現場での説得力に大きく影響します。
もう一つは、知財を“武器”として理解したかったからです。
何が発明なのか、どう書けば独占性を持たせられるのか。
自分たちで書いてみることで、「この技術のどこが本当に価値なのか」を逆に問い直すことになりました。
つまり、これは単なる出願作業ではなく、技術のコアを言語化し、事業戦略と結びつける作業だったのです。
知財の“全現場”を統合する:パテントマップと管理システム
出願が増えてくると、次は「どこまでをカバーし、どこで差別化するか」という視点が必要になります。
ここで導入したのが、パテントマップの自作です。
他社や大学の公開特許を読み込み、技術領域別・用途別に分類して、自分たちのポジションを見える化していきました。
これは、後の事業提携交渉や資金調達において、大きな武器となります。
さらに、エクセルベースで簡易的な知財管理システムも構築し、その後、自社独自のデータベースまで構築しました。
特許番号・出願日・請求項・ステータス・発明者・優先権関係などを一元管理する仕組みを自前でつくったことで、意思決定のスピードが格段に上がりました。
知財は「守るもの」ではなく、「攻めるための土台」
私たちは今、数十件におよぶGa₂O₃関連の特許群を保有し、それがFLOSFIAの競争優位の土台となっています。
しかし、その出発点は「何もない」からの出発でした。
そしてその中で得た最大の教訓は、「知財を専門家任せにしないこと」です。
知財こそが、研究開発・製品設計・提携交渉・資金調達という「全現場」をつなぐ共通言語であり、戦略の骨格です。
“守りの盾”ではなく、事業のアクセルとして、攻めに活かす知財のあり方を、私たちは身をもって学んできました。
次回予告
次回は、FLOSFIAが直面した資金調達の現実と、
VCからの厳しいフィードバックにどう応えてきたかを取り上げます。
「証明できないなら投資できない」――そんな現場で、何が起きていたのか?
ぜひご期待ください。
(文:FLOSFIA 取締役会長 人羅俊実)