この連載では、FLOSFIAがどのようにして前人未踏の素材「酸化ガリウム(Ga₂O₃)」を軸としたスタートアップへと進化してきたかを、各フェーズの試行錯誤とともにお届けしています。
今回は、私たちの出発点――Ga₂O₃とはまったく関係のないアイデアから始まり、ゼロから再出発を決意するまでの黎明期について、ありのままをお伝えしたいと思います。
すべては、別の技術アイデアから始まった
2011年3月、私たちは京都大学・藤田研究室の技術シーズを基に、ROCA株式会社を設立しました。
当時の事業アイデアは、「ミストCVD法」を応用したセラミックス製の海水淡水化フィルターの開発です。
この取り組みは、
・「水の問題をテクノロジーで解決したい」
・「京大発の技術を社会実装したい」
という熱意と希望に満ちていました。
実はこの創業エピソードは、瀧本哲史さんの著書『僕は君たちに武器を配りたい』(2011年)や、木谷哲夫さんの『コンセプトの時代』(2012年)にも紹介されています。大学の技術をもとに、現実社会で事業化を目指す若きスタートアップの挑戦として、私たちの姿を取り上げていただいたのです。
理想と現実のギャップ──「存続か、解散か」
しかし、1年が過ぎた頃には、理想とは程遠い現実が待っていました。
・技術はあっても、商業化の見通しが立たない
・資金調達は難航し、実証にも踏み出せない
・技術を売り込みに行っても、「それは無理だ」と冷たくあしらわれる
・必要な専門人材が社内にも外部にもいない
2012年4月の株主総会では、会社を清算するかどうかが真剣に議論されました。
“何もない”というより、もはや“マイナスからのスタート”。スタートアップ特有の孤独と不確実性に飲み込まれそうな時期でした。
経営体制を変え、自ら舵を取る決断
この危機を前に、私たちは経営体制の見直しを決断します。
2012年6月、私(人羅)が代表取締役社長に就任しました。
そして、従来の淡水化フィルターという事業構想に一度区切りをつけ、「ミストCVD法」という核技術をベースにもう一度、ゼロベースで事業アイデアを考え直すことにしました。
技術シーズの棚卸しから見えた、新素材Ga₂O₃
当時、私たちが持っていたのは「ミストCVD法」という高品質な成膜技術。
この技術が応用できる分野はないか、ブレインストーミングとリサーチを繰り返す中で浮かび上がってきたのが――酸化ガリウム(Ga₂O₃)という新素材でした。
このとき私たちは、まだパワー半導体の専門家でも、材料科学の研究者でもありませんでした。
でも、自分たちの技術がこの未開拓の素材に活かせるのではないか――その直感を信じて、前に進むことにしたのです。
次々と現れる、未知の壁
Ga₂O₃を使ったパワー半導体の事業化を目指すと決めてからが、本当の試練の始まりでした。
・収益モデルが描けない:用途や製品像、売り方も見えず、調査と仮説検証を繰り返しました
・特許がゼロ:自社で知財方針を立て、特許明細書を書くという挑戦に踏み出しました
・技術の全体像が見えない:成膜サンプルは10mm角のみ、そこからの製品化プロセスを構築する必要がありました
まさに、FLOSFIAが後に掲げる「全現場主義」の原点がここにありました。
VCとの対話から得た気づきと一歩目の資金調達
当時はまだ、シード投資を本格的に行うベンチャーキャピタルは少ない時代。
最初にアプローチした京大系VCからは、「お客さんを連れてこないと投資できない」という厳しい評価を受けました。
そこで私たちは、ターゲットを東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)などのシードVCに切り替え、複数のVCから具体的なフィードバックを得ながら、自分たちなりの答えを作っていきました。
・特許がない → 自分たちで明細書を作成
・大口径化ができるのか → 簡易装置でスケールアップを実証
2013年2月、UTECからのシード出資を獲得。
金子のワンルームマンションを拠点としていた私たちは、ようやく京大桂ベンチャープラザ北館に事務所を構えることができました。
「ゼロから考え、自分で動く」ことで道は拓ける
この黎明期を振り返って思うのは、専門性が足りなければ、学ぶしかないということ。
そして、情報がなければ、自分の足で集めるしかないということです。
淡水化フィルターからGa₂O₃へのピボット、ゼロからの知財戦略構築、VCとの交渉…。
そのすべてに共通していたのは、「誰もやったことがないことを、誰かに任せず、自分たちの現場としてやり抜く」という覚悟でした。
次に進むためには、専門知識だけではダメで、「現場」情報を組み入れなければならない。それこそが、FLOSFIAの「全現場主義」の出発点だったのです。
次回予告
次回は、特許ゼロの状態から、自分たちで知財戦略を構築していった物語をお届けします。
ディープテックに不可欠な“知財の武器化”をどう進めていったのか、現場視点で振り返ります。ご期待ください。
(文:FLOSFIA 取締役会長 人羅俊実)